きみもリトルスター

星の数だけ吐き出したい気持ちがある @com_atcom

リリイ・シュシュのすべて

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人生は椅子取りゲームだと言い出したのは誰だろう。

 

人生という大きなくくりのなかでみたわたしたちは、そのスポットライトの当たる椅子を目指してぐるぐる互いを見ながら回り続けているんだろうか。

 

 

 

小中高大とどの年代が1番息苦しさを感じているんだろう。

繊細でいて敏感で、多感な「中学時代」だろうか。

 

 

部活を選び、席を選び、友人を選び、心の自由が少し増えると同時に、抑圧された学校生活。

 

 

仲良しグループで、毎週、1人ずつ無視されていく"ゲーム"がある。

 

「あいつうざくない?」

 

がゲームの始まりの合図だ。

 

メールも、挨拶もなくなり、トイレにも一緒にいかない。

 

そして対象者は「ああ、自分の番か」とおもう。

 

 

 

もうやーめた、と投げ出して、早々に抜け出せる椅子取りゲームとは違う、永遠に参加させられて誰か1人が取り残されるフルーツバスケットだ。

 

 

どうか、自分の頭についたフルーツの名前を言わないで、そう永遠と願うしかないのか。

 

 

 

例えば平日の昼間にコペンを道端に停めて、花壇に座って話をするあの夫婦になるまでに、あとどのくらい湖の水を飲み続けるのか。

 

 

残りの人生の、途方もない長さを思い知る。

 

 

 

わたしたちは傷つきやすい。

何十回と同じ人生を歩んだとしても、きっと同じように傷ついていく。

 

 

 

最低で、最悪で、

 

それでも景色は美しくて、そして毎日少しずつ歳をとっていく。

 

 

 

触れて欲しくない

 

触れたい

 

誰とも話したくない

 

話したい

 

 

 

わたしたちは傷つきやすい。