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きみもリトルスター

星の数だけ吐き出したい気持ちがある @com_atcom

スーパー 光の帝国と化す

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わたしには大好きなスーパーがあります。

 

実家から、歩いて10分ぐらいのところにある、ごくごく普通のスーパーマーケット。

 

 

大抵のものはここで揃うし、価格も他と比べて高いことはない。

 

 

ここでも買うし、他所でも買うわよと言われるくらい平凡なところ。

 

 

 

でも、わたしにはここに通う理由がある。

 

 

 

周りにもたくさんのスーパーがあるし、最近できるのは天井も高くて駐車場も広いところ。

 

中に入ると、それは、とてもキラキラしている。

 

真っ白な、ちょっと上品そうなフロアに、真っ白い光があちらこちらで輝く、あかあかとした店内。

 

陳列はとてもきれいで、従業員もよく教育されている。

 

レジは2人体制で、お会計のあとは買い物袋に詰める台までカゴを運んでくれる。

 

 

真っ白な光で包まれた、明るい、そんなお店。

 

 

リニューアルしましたよ!

開店しましたよ!

 

 

という新鮮味を存分に味わわせてくれる。

 

 

 

 

ただ、わたしにとっては、そのあかあかとした世界が、とても入りにくい別の空間のように感じるのだ。

 

 

子供を連れた若い夫婦が買い物をしていたり、きっちりとメイクをしたご婦人や、スーツをきたサラリーマン。

 

 

彼女や彼らは、こうみえて、すごく周りをみている。

あの人は何を買った、この人はさっきあのコーナーにもいたな、

 

服装や、髪型、メイクもしっかり見ている。

 

 

 

いや、見られているような気がするのだ。

 

 

 

明るすぎる店内で、わたしはどこにも隠れられない不安を抱くのだ。

買いたいものを、躊躇してしまう、そんなことをしてしまうのだ。

 

 

 

 

 

わたしの大好きなスーパーは、つまるところ、そういう息苦しさがないところが好きだった。

 

 

使い古された蛍光灯は店内をそれなりに照らしていて、わたしはいつもよれよれの仕事着で入店する。

 

店内には同じように仕事着の方がウロウロしているし、近所のおばちゃん、と言えるような人もたくさんくる。

 

 

わたしが何をカゴに入れても彼らは見向きもしないし、さっさとどこかに向かっていってしまう。

 

レジの店員さんはわたしがいくら冷凍食品を買おうがカゴいっぱいにカップラーメンを入れていようが黙々とレジを打つ。

 

 

 

わたしはこの店の、そういう微妙な淡白加減が妙に心地いいのだった。

 

お店や開業をしていないわたしでさえ、近頃の「サービス祭り」にはうんざりしていたのかもしれない。

 

 

 

 

最近、このスーパーの近くに大型スーパーができた。

 

スーパーの入り口ではいつも大混乱が起こっているし、警備員もたくさん立っている。本当に今、大繁盛中のお店だ。

 

 

けれどそんなこともおかまいなし。

何かを変えるでもなく、大々的にチラシをうつわけでもなく、通常営業を続けている。

 

そういうところも、グッとくる。

 

 

 

お客さんのためや、時代の流れに乗ることはとても大事なことだし、マイペースが自分勝手に変換されるような行動はしてはだめだし、限られた範囲でぐるぐる動かなければいけないけれど、

 

そういう、みんなが好みそうだ、

 

を、

 

好まないひともいるということを

個性を大事に!な今の時代では忘れてはいけないこと。

 

 

 

 

 

 

そんなことを、平凡なスーパーで思ったのだった。